広告が無いと「気高い雑誌」らしい(笑)

日本経済新聞の夕刊に、作家という肩書の方が「広告がひとつもない。なんて気高い雑誌なのだと思った。」と書いていました。理由は書かれていないが、雑誌に広告のような不純なものが含まれない、又は広告に絡むカネを受け取っていない、という意味で気高いということと想像される。

一介の作家の単なる感想というか放言に目くじら立てるのは大人げないですが、日経のコラムというビジネスマンに影響の有り得る媒体に、情緒的で的外れな見解を堂々と載せる以上、反論してもよいと思われる。雑誌に広告が無い→気高い?というロジックについて、経営の観点から異論を申し述べてみます。

まず、「雑誌に広告を載せない」ビジネスモデル(収益モデル?)を非難するつもりはまったくありません。広告無しで雑誌が成立するのであれば、経営としては立派なものです。
また、管理人も広告はあまり好きではなく(特に広告屋が…)、鬱陶しいと思う方です。読者としては、無い方が嬉しいですが、ことはそう簡単でなはい。

「広告が無い」ということは、以下のいずれか(又はいくつか)の状態が惹起されている可能性が高い訳でして。

1.読者(ユーザー)が割高な雑誌を買わされている。

2.雑誌に寄稿する作家等の稿料が割安に圧縮されている。

3.雑誌を編集する編集者や同社の従業員が搾取されている。

1は情弱な読者が「喰いものにされている」、また2、3は、いわゆるブラック企業的要素そのもの。これらのどこが「気高い」のか、まったく理解できない。誰かが「コスト」を負担、分担する必要がある訳で。

この作家だけではありませんが、作家やアーティスト(笑)がこういう非合理的なコメントや発言をするのを、日経、特に夕刊ではよく見かけます。
内容はモノを知らないことによる単なる放言なのに、何か大切なことを言ったような気になっている。こういう思考停止な方々に新聞のスペースが提供されているのは非常に問題だなあ、と思う次第。


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(2015/03/10)
角川総一

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