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新コロの検査をしたいという真意は

新型コロナウイルス(以下、新コロと略)の件で非常に不思議だと思っているのは、症状が無いにも拘らず新コロの検査をしたいというヒトがいること。

新コロは、現状では核酸増幅法(PCR法)という方法により検出するようです。
しかし、この検査をしたところで現時点の医療技術では偽陽性/偽陽性等の割合が非常に高いそうで、実態が「正確」に判る訳ではありません。
そして何よりも、検査結果は検査時点のそれに過ぎず、検査時以降に新コロに感染する可能性はある訳です。特に受診する医療機関やその周辺などで。

症状が無いのに「安心するため」、「家族等他人に移さないため」に検査するとかというのは、まったく意味をなさない言説と思いますが、如何でしょう。
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時間があれば出来る、訳ではない

やりたいこと、やった方がよいことであっても「時間が無い」ので出来ない、やらないということがあります。アイゼンハワーの四角形でいうところの「重要性がありかつ緊急性が無い」セルのものごとですね。

ただ、では時間が十分あれば本当に出来るのかというと…、結局は意思の問題だったり。
例えば「時間があれば旅行したい」と言ってるヒトに旅行好きなヒトはいない、などとも申します。
(旅行好きなら、たとえ時間が無くてもなんとかして旅行する、の意)

いえ、またしばらくブログを放置していた、自分への言い訳でございます。

企業は「急に倒産する」か

IT系のゲーム会社が倒産したのでしょうか。Twitterのタイムラインに「会社が急に倒産して解雇された」というようなツイートやリツイートが、複数見られます。
おそらく本人にとっては予期せぬことで「急に」と言いたくなるのは判るのですが、実際に企業が「急に」倒産するのでしょうか。少しややこしいことを考えてみます。

倒産の定義は法的倒産(破産、民事再生の申立等)などいくつかありますが、いずれもある一時点のイベント(事象)で不連続的に発生するものであり、その意味では「急に」倒産します。というか「急に」しか、倒産しない。

他方、倒産に至る前には経営における一定の状況悪化があり、兆候は会社の内外(非上場では特に内部)から一部顕在化しているはず。つまり徐々に倒産に近付いているのであり、「急に」と思ったヒトは、それが見えていなかったとも。

「見たいものだけが見える」又は「同じものごとが今後も繰り返すと思う」という、いわゆる認知バイアスのせいなのかもしれません。

明けましておめでとうございます 2019

明けましておめでとうございます。

数少ない当ブログの読者の皆さま、本年もよろしくお願いいたします。
昨年は引き続き停滞の年でしたが、今年はそこからの脱出のために何か活動を開始したいと思っております。(抽象的)

(諸事情により、望まぬままネット断食状態になり、初手からバックデートでのアップとなりました。お恥ずかしい。)

年末のご挨拶

年末ですので、一応、ご挨拶を。

本年も当ブログを見て頂いた数少ない方々、本当にありがとうございました。
年初から7月頃までは、4~5月頃の落ち込みはありましたが、比較的安定したエントリ数でした。つまり、引き続き暇だったということです。

それが、7月末から諸事情により生活が一変。ブログも、すっかり縁遠くなってしまい、必要に迫られ行った実務関係の記事くらいに。
後半は、積ん読になっていた書籍を多少消化したので、できればコメントを上げたいのですが、2015年前後出版のが多いので、旬は完全に過ぎてますし、どうしようかと。

年末には、また時間に余裕が出来たのですが、なぜか取れていなかった遅い夏休みを消化したり、体調を崩したりで、ペースは戻らず。(今、ここ)
年明けから、なんとか立て直せないか、とは考えております。

では、良いお年を。

職人仕事が機械化できない理由はコストと時間

「XXの職人」といったドキュメンタリー、記事が好きで、エンターテインメントとして楽しんでいます。
ただ、よく出てくる台詞、「職人仕事は機械化できない」とか「XXという技は現在の技術では再現できない」等というのは、ほとんど脚色だと思います。

科学技術(←本来、科学と技術は別と思いますが、取りあえずご容赦下さい)は、再現性があることが前提のもの。過去に人の手でおこなわれた技術が、再現できないはずは基本的に無いのです。(似非科学、ブードゥー・サイエンス等を除く)
もちろん、技術が科学的に解明されず、また伝承されずに、途絶えてしまうことは有り得ます。そして、その再現が困難な主な理由は、神業を持つ職人がもういないからではなく、単に必要なコストと時間が捻出できないから。つまり、ビジネスとして成り立たないからです。
機械化も同じで、要するに「機械化する価値も無いからローコストな人間にやらせてる」のが大概の真相です。

もしも、コストと時間が無限に拠出可能ならば、地球の位置でさえも動かすことができます。しかし、現実にはコストも時間もまったく限られており、主にビジネスとして成り立つものごとしか世の中では実現しない、ということです。

車の自動運転が嫌われる理由を推測

車の自動運転等がTVCMで見られるほど、かなり身近な話題になってきました。
「アクセルとブレーキを踏み間違えた」とか、「高速道路で逆走」などという誠にバカバカしい自動車事故報を見聞きするにつれ、自動運転&人間の運転禁止という時代が早く来てほしいなと思っています。

ただ、自動運転を嫌うというか、敵視する方も一部いまして。その理由を、ちょっと勝手に推測してみました。(偏見入ってます)

1. そもそも新しいものが嫌い
自動運転とかに限らず、とにかく新しいものが嫌いな人。自分がこれまでに見聞きした、ごく狭い範囲のものごと以外にあまり興味がなく、昔を懐かしむタイプ。3丁目の夕日的な懐古主義とか。

2. システム、AI等の人工的なものが嫌い
1と重なるところもあるかもしれませんが、新しいというより、特に人工的なものが嫌いな人。自然が何より大切と公言したり、天然XXとかに騙されるタイプ。アーチスト系というか。自動運転にトロッコ問題を持ち出して反対する人とかは、こちらかな。

3. 車を運転する仕事をしている
物流や運転手等の、車を運転する仕事を現にしている人。自動運転が普及すると仕事を失う可能性があるので自己防衛と。ある種のポジショントークですね。

4. 運転や車が好き
運転や車が特に好きな人。それゆえに、自動運転が許せないとか。2と少し重なりますかね。人間の運転禁止を議論すると、特に反対しそうです。

3はある意味仕方ないと思いますし、4も(昔は自分も好きだったので)判ります。しかし、1や2みたいな人が本当にいるとして、世の技術進歩に反対するのは如何かと。心の中で何を信仰しようと自由ですが、他人の邪魔はしないで頂きたいものですね。

仕事はどこでも出来る だからこそ首都圏一極集中

山口利昭先生のブログ「ビジネス法務の部屋」より。

■テレビ会議システムにみる消費者庁地方移転問題への危惧感(2016.1.29)
http://yamaguchi-law-office.way-nifty.com/weblog/2016/01/post-a647.html


消費者庁が地方の徳島へ移転する案が検討されているようです。政治家による、地方創生というお題目のためのパフォーマンス(←死語)ですが、バカバカしいこと、この上無い。

ITの利用により、今や個人やチームというサイズの仕事なら、場所や時間を問わず、出来るようになりました。
難しいのは何かというと、コミュニケーションです。情報伝達や単なるミーティングではなく(←こういうのは遠隔でも問題ない)、交渉、折衝、説得等の基本的に意見や見解の異なる者同士の極限的な対話。

山口先生が懸念されるように、現在及び当面数十年間先に想定される技術では、このようなことを遠隔でおこなうことはまったく不可能です。だからといって、わざわざ徳島くんだりまで出かけることも世の多くの人にとっては困難なこと。
政治、民間等に広く影響する官庁は、首都圏に一極集中するしかなく、省庁移転などまったくナンセンスです。
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「生涯一コンサルタント」として、ダウンシフトしながら、人生晩年を迷走中です。